『テレビに挑戦した男 牛山純一』/『物質試行52』
今日は午前中、『テレビに挑戦した男 牛山純一』を見た。牛山純一という名前は、少しでも日本のドキュメンタリー史を調べたことがある人なら必ず遭遇する名前だ。同時に、テレビ草創期に民放に本格的にドキュメンタリー番組を導入したパイオニアでもあるので、テレビ史についても必ず名前があがる人だ。僕は元来怠慢な人間なので、牛山純一の作品をほとんど見ていない。本作は、佐藤真さんが映画美学校で牛山純一研究会を行っていたことが発端となって生まれたドキュメンタリー映画だそうだ。佐藤さんも冒頭、大津幸四郎さん相手に話している姿が登場する。牛山さんについて語る人の何人かは、映画美学校の授業の講義を写したもののようだ。なぜ、佐藤さんが牛山純一研究会をやっていたのかは、よく分からないのだが、佐藤さんがテレビ番組を何本か作る中で葛藤があったことが発端ではないか、と勝手に推測する。このドキュメンタリーは基本的にかつて牛山純一さんと関わりがあった方(一部は批評家)が、牛山さんの製作について語ることから、牛山さんの手法、テレビメディアの特性などが浮き彫りになってくる構造だ。一部、映像も紹介される。とても意義深い作品だと思う。色々、考えさせられることも多かった。ただ、少し残念だったのは、証言構成のためしょうがない部分があるのだけれど、どこかまとまり過ぎている、という印象があったのだ。まとまっている、のは普通、いいことだけれど、はみ出す部分があることで映画が豊かになることもある。そのバランスに正解はないから難しい。もっと俗っぽく言えば、お行儀がいい、というか。牛山さん自身は、多分、かなり山っけがあったのではないか、と推測する。その山っけがこのドキュメンタリーにあったら、というのはないものねだりかもしれないが。
夜は恵比寿映像祭で「建築と映像:物質試行をめぐって」http://www.yebizo.com/#pg_screen10というプログラムを見る。短編5本の上映だったのだが、ここではその1本を。七里圭・鈴木了二共同監督の『物質試行52』はとても美しい作品だった。建築家・鈴木了二の展示もこの映像祭で展示されている。僕は七里さんの新作として見に行った。画面は暗闇(よく見るとわずかに何かが映っているようでもある)の中、音楽が響く。そして鈴木了二のインスタレーションがいくつもの光線と影を伴い描かれる。インスタレーションの静謐さとも相まって、至高を目指すような美しさがある。もう、自分でも笑ってしまったのだが、僕と180度違う世界がここにある。(僕もこういうことをやってみたい欲望はあるけれど。)だからこそ、僕はこの作品はとても好きだ。