作業
今日は午後から事務所にて、某ドキュメンタリー映画の上映素材作成のお手伝い。HDVの素材(約70分)を取り込んでBlu-ray2枚、HDV1本、DVCAM1本を作る。作業と言っても、エンコードや書き込みなどにただ時間がかかるだけなので、神経を使うようなことはないけど。その間、ぼうっとしててもしょうがないので、昨日から読み始めた長大なノンフィクションをかなり読み進めることが出来た。
2008年春、渋谷ユーロスペースにてレイトショーされる
映画『船、山にのぼる」の監督・本田孝義のブログです。
今日は午後から事務所にて、某ドキュメンタリー映画の上映素材作成のお手伝い。HDVの素材(約70分)を取り込んでBlu-ray2枚、HDV1本、DVCAM1本を作る。作業と言っても、エンコードや書き込みなどにただ時間がかかるだけなので、神経を使うようなことはないけど。その間、ぼうっとしててもしょうがないので、昨日から読み始めた長大なノンフィクションをかなり読み進めることが出来た。
時々、夜更かししながら『エイリアン』Blu-ray BOXを見ていた。やっぱり、1作目の『エイリアン』が一番。ちなみに、僕は公開時映画館では見ていない。東京に出てきてから、『エイリアン』と『エイリアン2』2本立てで名画座で見た。(その前にテレビでは見ていた。)Boxは6枚組。5枚目、6枚目はいわゆるメイキング。メイキングで興味深かったのは、『エイリアン3』。製作時のごたごたは聞いたことがあったけど、ここまでとは。これだけの大作でありながら、現場に脚本はなし。セットも途中で作り替え。もう一つ驚いたのは、当初、ジョーダン・クローネンウェス(『ブレードランナー』)が撮影していたとは!体調不良で降板。彼が撮っていたら、どんな映画になったのだろう。(次に撮影を担当することになったのはアレックス・トムソン。彼は『レジェンド』の撮影も。)メイキングはさすがにまだ全部は見ていない・・・。
最近はあまり映画のはしごをしないことにしている。(映画祭は別だけど。)年をとったせいか、体力よりは頭の回転が追い付かないからだ。だけど今日は夜、珍しく映画のはしご。
最初に見たのは『ベオグラード1999』(監督:金子遊)というドキュメンタリー映画。タイトルに1999とあるのは、かなりの映像が1999年から2000年にかけて撮られているから。監督は色々考えるところがあり、当時撮った映像を封印していたそうだが、映像にも映っている元彼女が亡くなったことを契機に、再び映画としてまとめることにしたそうだ。だから、映画は新右翼・一水会のドキュメンタリーでありつつ、個人映画の趣をまとっている。その外形は別に違和感はなかったのだが、一水会の木村三浩さんを中心に追いかけた映像に何か心張棒みたいなものが足りない気がしてしまった。うまく言えないのだけど。
その後のトークショーは聞かずにユーロスペースへ。井土紀州監督『泥の惑星』を見る。映画一揆と題した井土紀州の特集上映も明日まで。僕は自分の怠慢から、新作3本のうち2本を見逃してしまった。だから最後の1本はどうしても見ておかなければいけなかった。作品は農業高校高校生の青春映画。こういう映画は井土紀州としては初めてかもしれない。至極まっとうな青春映画ではあれど、将来への不安やうっ屈が地方都市の風景の中で響いている。そこが井土らしい気もするが、本人が脚本を書いていないせいかわからないが、所々セリフが堅いなあ、とも思った。高橋君のカメラはドリーの動きを多用し気持ちよかった。53分と短い映画だからなのか、最後の方は少々駆け足な気がしたし、あのラストカットの次が見たい、という気もした。それにしても、決して恵まれた製作条件とは思えない中でも、次々と作品を作り続けている姿勢には感心する。蛇足ながら、僕が井土紀州作品に”出演”した学生時代の映画が12月25日に上映されるそうな。ああ、恐ろしい。
来週のイベントのお知らせです。
————————————————————————————–
検証・日本のメディアアクティビズム 第5回 【身体的メディアの実践】
テレビ、インターネット、飛び交う視覚メディアは、様々な演出によって「選ばれた出来事」を僕らに押しつけ、緩やかなしかし確かな統制をもくろみながら、いまなおそのスピードを加速させている。
この回では、そこから脱却するであろう、バナー、ステッカー、zineといった手触りのある複数のメディア、身体性を伴う空間的メディアについて、模索舎における主体的情報の窓口という実践、そしてIRAにおけるインフォショップという実践をみながら、例えばその発生源の1つともいえるDIYパンクシーンなどを通して話し合う。
[トーク]:成田圭祐(Irregular Rhythm Asylum)、五味正彦(模索舎元代表)
[進行]:細谷修平(Media Champon)
*トーク1時間・ディスカッション1時間30分程度の予定です。
▲当日の動画配信:http://
▲日時:12月16日(木)19時~21時半頃
▲場所:素人の乱・12号店 JR中央線高円寺駅下車徒歩7分
杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2F(奥の部屋)
北中通り沿い素人の乱シランプリ向かい・アヤマ接骨院脇の階段を昇って奥
地図 → http://
▲参加費:500円
▲主催:メディアアクティビスト懇談会
Email:maroundtable@gmail.com
TEL:03-3296-2720(OurPlanet-TV内)当日問合せTEL:090-8647-5030(土屋)
たまたま本屋をのぞいていたら、「加害者家族」(鈴木伸元著)という本が目に入った。僕は以前から犯罪報道の中で犯罪者の家族の扱い方、あるいは犯罪者の家族への猛烈なバッシングなどが気になったことがあったので、読んでみた。またまた内容をコピペすると、平成20年の犯罪件数は253万3351件。被害者家族はマスコミ取材による二次被害で心の傷が癒える間もないが、実は加害者家族も凄惨な生活を強いられる。身内の犯罪を機に失職や転居を余儀なくされるだけでなく、インターネットで誹謗中傷され、写真や個人情報まで流出される。そんな過酷な現実を受け止められず、自殺する人も多い。事件への自らの非力を嘆き激しい後悔に暮れる加害者家族も多いが、そもそも身内の犯罪を未然に防ぐには限度がある。まさに他人事ではない実態を明らかにした、ということになる。本書はNHKのクローズアップ現代の放送を元にしているようだ。冒頭の加害者家族の事例紹介はかなり詳細で興味深かったのだが、その後に続く事例が他の本からの引用が多く、少々、力不足。もっとも、加害者家族が取材に応じてくれる例は少ないだろうから、難しい部分もあるだろう。それでも、色々、考えることは出来た。
最近、またまたSF映画を見たい気分が高まり、『デイブレイカー』なる映画を見た。2019年人類の大半がヴァンパイアになった、という設定に惹かれたのだった。最初の方はなかなかスタイリッシュな近未来描写でいい感じ、と思っていたのだが、後半になって、よくあるゾンビもののような描写が続き、ちょっとがっかり、尻すぼみ。
映画はちょっと残念だったのだが、上映前にCINEMA KEIBAなるものがあって、JAPAN WORLD CUPなるものが上映された。作ったのは、かのスキージャンプペア(僕は好きです)の真島理一郎監督。入場時に出走馬のパンフが配られて、表紙裏が自分の馬券、という仕組み。僕は自分の馬は勝たないな、と思って映像を見ていたら、なんと勝ってしまった。ラッキーなことに勝った馬券を持っている人には非売品DVDのプレゼント。まだ見てないけど、得した気分。
森達也著「A3」を読み終わった。森さんと言えば、ドキュメンタリー映画「A」「A2」の監督であるが、近年は作家としての活動が主流だ。随分前のことになるけど、撮影していた映像を編集して「A3」を作る、と聞いたことがあったが、同じタイトル(内容は全然違うもののようだ)をつけた「A3」は本という形で私たちの前に現れた。500ページを超える大著。月刊プレイボーイの連載をまとめたもの。本書の冒頭は、森さんが麻原の1審死刑判決を傍聴するところから始まる。その時に見た麻原の姿の異様さ(とても裁判を受けられる心身状態とは思えない)から、裁判の問題点を記述していく。同時に、麻原やオウムの足跡を丹念に辿り、教団幹部に面会し、なぜ、地下鉄サリン事件が起きたのかを探っていく。そうやって探りながらも、麻原が裁判中にまともに語ることがなかった(できなかった?)ため、決定的な解明はのぞむべくもない。同時に語られるのは、あの事件以後の日本社会の変容が何度も語られる。大変な力作だと思う。日本社会の変容、ということでは、僕自身の興味がある分野でいうと、結局、オウム真理教は失敗したのだが、本気でバイオテロを計画していたことだ。そういう点では遠藤誠一の役割に興味がある。2年前、感染症予防法が改正されたのだけど、本来患者の保護も重要な要素であったはずが、巧妙にバイオテロ防止の趣旨が紛れ込み、かなり無理がある法律になってしまった。直接的な契機は、9・11後の炭そ菌事件だけど、背景にはオウムのバイオテロ未遂もあったのではないか、と僕は思っている。なお、森さんの本の最後は中川智正とのやり取りだ。彼は僕の高校の先輩にあたる。6歳上だけど。
『442日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』(監督:すずきじゅんいち)というドキュメンタリー映画を見た。内容をコピペすると、第2次世界大戦時に日系人で編成された部隊・アメリカ陸軍442連隊に迫るドキュメンタリー。人種差別と戦いながら、父母の祖国・日本と戦う苦悩と葛藤を抱えた兵士たちの揺れる心を、当事者たちの証言でつづっていく、というもの。内容自体は興味深いものだったが、前半の音楽(喜太郎)がとてもうるさくて、閉口した。後半は幾分おさまったのでよかったのだが。全体的にはとても正攻法、オーソドックスな映画だった。
こういうことはよくあることだが、突然、以前に撮った映像の中で、確かこういう話が語られていたっけ、ということが気になり始め、ビデオをチェックしたりすることがある。本格的な編集はまだまだ先だから構成案を考えているわけではないのだけど、常に気になってはいるわけで、ふと必要なカットのことを思うのである。そんなわけで、今までの映像をチェック。すると、また別のことが気になり始め、少しばかり編集のシミュレーションをしてみたりするのであった。
夜、某映画の製作委員会会議。(諸事情により、あまり具体的に書けなくてさいません。)このドキュメンタリー映画は現在製作中で、監督はテレビの仕事の実績は豊富なのだけど、「映画」という形では作品を発表したごとがなく、何かアドバイスをして欲しい、ということで、以前から知った方でもあるし、何が出来るか分からないけどとにかく話を聞いてみよう、と思って出かけた。今日の会議では、具体的な内容の話が主だったので、僕自身が言えることは少なかったのだけど、会議後、監督と飲みにいっていろんな話をすることことが出来た。この監督が目指していることと僕が目指していることがかなり近いことも分かった。僕自身、そんなに豊富な経験があるわけではないけれど、映画というフィールドでそれなりのことはやってきたので、何か役に立つことがあればいいと思う。とにもかくにも、ぜひ、映画を完成させて欲しい。(そういえば、最近、こういう相談が続いているなあ。)