上映阻止行動が続いている『ザ・コーヴ』が今日が初日とあって、行くことにした。その際に、僕は単なる一観客として行こうと決めた。僕は映画自体を見ていなかったので、何はともあれ見てから考えよう、と思っていたのだ。今日は混むことが予想されたので、初回を見るための整理券をとるために10:30にシアター・イメージフォーラムに行った。上映自体は13:00~だが抗議活動をしている団体がホームページで12:00~街宣をすると告知していたので、しばし時間をつぶして12:00前に劇場に行った。すでに大声が響き渡り大勢のマスコミ、警官が劇場を取り囲んでいた。知った方が何人か取材もしていた。僕は抗議活動をしている人たちの生の声を聞きたいと思っていた。彼らの言い分を聞いていたのだが、僕にはあまり説得力を持って響いてはこなかった。多少の混乱はあったがそれほどではなかった。約20分ぐらい街宣があったのだが、突然、彼らは「グーグルに抗議に行く」(彼らのアカウントが削除されたらしい)と言って劇場前から去って行った。少し拍子抜けした。入場時に妨害されたら文句の一つも言おうか、と思っていたのだが。
劇場内には前方両側に警備員が。『靖国』の上映と同じ、嫌な光景だ。(嫌だ、というのはこんなことはないほうがいいに決まっているから。)何事もなく、無事、上映は始まった。さて、その『ザ・コーヴ』の感想を書いておこう。冒頭からほとんどスパイ映画ばりの怪しい導入部。僕は思わず笑ってしまった。その後、本映画の主人公とも言うべき、リック・オバリーが、なぜイルカ解放運動を始めたのか、というくだりはそれなりに見ることが出来た。特に僕は水族館のイルカショーでイルカがストレスで傷ついている、という話に考えさせられた。つい、イルカショーで「わー!」とか言っている自分のばか面を思い返した。もっとも、イルカだけではなく動物園・水族館は多かれ少なかれそうなのかもしれないけど。リック・オバリー(および監督)が和歌山県太地町を車で走りながら漁民に追いかけられたり、警察に質問されているシーンを見ながら、そうか、彼らは元々要注意人物だったんだ、と納得。そしてこの映画のクライマックスに向けて、「大盗み撮り作戦」を開始するにあたって僕は白けてしまった。「まるでスパイ映画みたいで面白い」なんて声も聞くが、僕は単に製作者たちの自慢話にしか見えなくてあほらしくなった。どうしても「入江」の映像を撮りたい、という情熱は分かるのだが。そうしたシーンを見ながら、僕はやはりこの映画は見られるべきだ、日本で公開してよかった、と思った。彼らの行為が「犯罪的」とするなら、彼らはこの映画でその過程も全て晒しているわけで、自ら「犯罪的行為をしました」と確信犯的に言っているのに等しい。だからこそ、彼らの意図とは別に彼らの行為を見ることには意味がある。隠そうとすることほど愚かなことはない。大作戦のあげく彼らが盗み撮りした映像を見ながら、ここでも僕は製作者の意図とは全く違う思いで見ていた。それは、太地町のイルカ漁は海・入江の地形をとてもうまく利用したものなんだなあと感心していた。確かに血で染まった入江はどぎついけれども。意外にも僕はこの映画はやはり映画館で見てよかったと思った。時々映る、湾の風景が美しかったからだ。なお、この映画でのイルカ肉が鯨肉として売られているという話と水銀汚染の話はもう少し詳しく調べてみないと分からないなあ、と思った。
夜、もう1本映画を見たいと思っていたので、時間が空くな、と思っていたのだが、ちょうど時間がぴったり合ったので、せっかくなので同じイメージフォーラムで先週から公開されたドキュメンタリー映画『モダン・ライフ』を見ることにした。こちらは『ザ・コーヴ』とま逆のような作品。まず、監督は観客の想像力・知性を信頼していること。また、映画に映る人びととの強い信頼関係があることだ。映画は冒頭、南フランスの山道をゆっくり進む移動ショットで始まる。僕はこのワンカットでうっとりしてしまった。太陽の光線が美しい。この後も村の人びとを訪ねる時には移動ショットが度々入り、このリズムが心地いい。で、映画の内容としては、ほとんどが村人たちの身の上話。親戚がどうだの、これからの生活などなど。僕ら観客は映画を見ながら彼らの人生と向き合うことになるのだ。とてもいい映画だとは思うのだが、僕は少し物足りなかった。見る前の勝手な先入観だが、もっと村の暮らしが描かれているのかと思っていたのだが、インタビューが多かったのが少し残念。
今日から、イメージフォーラムでは『ビルマVJ』がレイトショーになったのでドキュメンタリー映画を3本公開しているわけで、ちょっとすごいことになっている。
その後、はしごの3本目。見に行ったのは『月あかりの下で ある定時制高校の記憶』というドキュメンタリー。完成披露試写会とあって大勢の入場者。370席の会場が満席。僕は予約せず、当日券を当てにして行ったのだが、ぎりぎり入れた。映画は副題にあるように、埼玉県立浦和商業高校定時制のあるクラスを描いている。夜間定時制高校は働く若者や高校中退者、あるいは何らかの理由で全日制の高校へ行けなかった人たちが学ぶ場。僕は夜間定時制高校を描いた中編を何本か見ているので、この映画を見始めた時はそれほど大きな違いも感じずに見ていた。むしろ、ナレーション(監督の太田直子さん)が少し多いなあ、と思っていた。(これは好みの問題ですが、映っている人の心情を代弁するようなナレーションは好きではないのです。)が、しかし、生徒たちの入学から卒業の4年間を撮っているだけあって、生徒たちへの距離が縮まり密度が高まり、次々にドラマが起きてくると徐々にナレーションも少なくなり僕もドキドキしながら見ている自分に気付いた。こういう寄り添うドキュメンタリー、というのもまた一つのあり方なのだ。担任の平野先生が素晴らしい。そして始めの方にビートルズがアメリカに初めて行った話が面白かった。ジョン・レノン曰く(上映後のトークでは「本当はジョージ・ハリソンでした」という平野先生の談に爆笑)「僕らのことを嫌いでもいいが、否定しないでほしい」、と。平野先生は生徒たちに語りかけているのだけど、僕は勝手に『ザ・コーヴ』のことを思い出していた。『ザ・コーヴ』の製作者に聞かせてやりたい。そして平野先生は生徒達の進級を心底願って涙を流す。映画の中でこんな感動的な涙は久しぶりに見た。映画の中で4年間の時が流れ、生徒たちの顔つきも変わっていく。ただ本当に残念なのだが、2008年に埼玉県立浦和商業高校定時制は統廃合によって廃校になったそうだ。そう、この時期、他の自治体でもこういう話を聞いた。効率、とは何か暗然とする。いいドキュメンタリー映画でした。