つい先ほど、山形国際ドキュメンタリー映画祭から帰ってきました。とりあえず、3日間を日記風に。
10月10日 とんでもなく早く目が覚める。5時半ころ家を出て、6時半の山形新幹線。中村智道さんと合流。(彼はドイツの映画祭でお世話になった方に会いに行くところ。)1本前の新幹線の車両故障のせいで、15分ほど遅れて山形に到着。映画祭の本部に行って、IDパスを受け取る。ちょうどこの時間、どこも上映が始まったばかりで、いきなりやることがない。しばらくぶらぶらして、中村さんと食事。12:30から「シマ/島」特集の『弧の果ての島 八重山群島』という古い日本のドキュメンタリーを見て、『ここにいることの記憶』『されど、レバノン』を見る。次にazに戻って、コンペ作品『稲妻の証言』を見てから、再び、中村さんとリザさん、アンドレイ・シュヴァルツさん、フィリップさんの3人のドイツ人とともに屋台村で食事。次の上映まであまり時間がなく、慌ただしい。ここで中村さんと別れて(彼は日帰りで東京へ)、『忘却』を見る。今日の最後は『長居青春酔夢歌』。この時点で、昨日ほとんど寝ていないこともあって、飲みにはいかずホテルに帰って寝る。
10月11日 『ユリ 愛するについて』を見ようとフォーラムの前で待っていると、『バックドロップ・クルディスタン』のプロデューサー・大澤さん、元東京ビデオフェスティバルの中岫さんとバッタリ。お二人とも深夜バスで到着とか。こういう再会があるのが映画祭ならでは。で、上記の映画を見て大澤さんと昼食。昨日と同じ蕎麦屋。その後、『ハルビン螺旋階段』を見る。azへ早足で移動して(寒いはずなのに汗だらだら)『ダストー塵ー』を見る。次の映画の関係で見るのをあきらめていたが、急に気が変って『フェンス』を見る。フォーラムに行くと、1本目の短編ののち、質疑応答中。客席にいた、次の作品の監督・ロックス・リーと再会。16年ぶりか。実は、彼とは16年前、東京西荻窪で一緒に1年間ほど住んでいたのだ。彼の『グリーン・ロッキング・チェア』を見る。彼の漫画を買う。(彼はもともと漫画家で、アニメーションも作るし映像も作る。先の作品はそんな彼の資質が存分に出た作品だった。)そのまま、フォーラムの上のカフェに移動。大勢の人で賑わっている。夜の12時半頃になって、名残惜しいのだがここは心を鬼にして、ホテルへ。何かと言えば、『船、山にのぼる』DVDの英語字幕の修正分が届いたのでチェックしなくてはいけないのだ。チェックしていると、急に腰が痛くなって七転八倒。なんとか治まって、再びチェック再開。2時半頃作業を終えて、風呂に入って就寝。
10月12日 昨晩チェックした英字幕に関することをFAXで送信。『包囲:デモクラシーとネオリベラリズムの罠』を見る。昼飯を食べようと思ったが移動していると結局時間がなくなり、おにぎりですます。『私と運転席の男たち』を見る。つづいて『田中さんはラジオ体操をしない』を見る。田中さんは別の映画で知っていた田中さんだった。時間が押したこともあって、急に予定が合わなくなり急きょ別の映画へ。駅の西側、ソラリスに移動して『要塞』を見る。もう1本見たかったが、ロックス・リーに伝言があったため、ホテルに行ってみる。部屋でカップのうどんをもらって食べていたら、昔、一緒に住んでいた頃をふと思い出す。彼の新作のシノプシスを読ませてもらう。その後、なくなった映画館(前回までアジアプログラムの会場だった)ミューズのお別れパーティーへ。いろんな人といろんな話。ちょっと嬉しかったのは、山形映画祭の名物監督・キッドラット・タヒミックが『船、山にのぼる』のことを知っていてくれたこと。なぜなら、今年の夏、彼は越後妻有トリエンナーレに参加していて、その初日、僕の映画の音楽を作ってくれた、風の楽団のメンバーの山本公成さんが演奏していて、どうも山本さんが話してくれていたみたいなのだ。人のつながりの不思議。1時を回って、なんとなく人がまばらになったので、僕もホテル(今回初めて西口のホテルだったのだが、歩いたら結構、遠かった!)へ帰る。
10月13日 朝9時の新幹線で帰京。
各作品の感想は長くなるので省略。見たのは3日間で15本。(いつだったか、短編を含めて50本以上、見た年もあったっけ・・・)印象に残ったのは『ユリ 愛するについて』、『グリーン・ロッキング・チェア』『田中さんはラジオ体操をしない』、『要塞』。